The History of Midori
ようちえんの歴史

 

 

みどり幼稚園は平成15年に創園50周年を迎えました

このページではみどり幼稚園の歴史をご紹介します

 

 

 

みどり幼稚園は戦後の混乱が終息しつつある昭和29年(1954)4月8日に開園し、

平成15年度に創園50周年を迎えました。

現在のみどり幼稚園園舎は上空から見るとアルファベットのT字型をしていて、

そのうちの上の横棒の部分を平成14年3月〜9月にかけて改築しました。

創園当時みどり幼稚園は改築した園舎部分のみでスタートしました。

それから10年ほど後に、残りの教室(現在のホール部分)が完成しました。

その後は補修を含め何度も手を入れ大切に利用しておりましたが

現代の耐震基準や安全基準への取り組みも急務と考え

創園50周年を記念し改築工事を実施いたしました。

また、平成15年度より「学校法人けや木学園 みどり幼稚園」となりました。

 

昭和29年に開園した当時の園舎です。

写真からも時代を感じますね

平成14年3月に取り壊された園舎です。

ちょっと前のことですが、

遠い昔のことのような気がします

平成14年9月に完成した新園舎です。

2階建てで年少・年中・年長

6クラスがあります。

 

 

左写真は開園当時の先生達です

前列中央は園主先生,左端は橋田先生

中央列左端は園長先生です

左写真は当時の裏門です。後列中央は

園主先生。左は園主夫人です。

右写真は現在の裏門です。

中央は園長先生。

左は園長夫人です。

 

みどり幼稚園開園の昭和29年は、戦後の混乱が終わりつつあり子どもが増え始めた時期でした。

そうした社会情勢の変化もあって幼児教育拡充の機運が社会に生まれようとしていました。

こうした時期にみどり幼稚園は生まれました。

右下の朝日新聞記事には以下のようにあります。

 

誕生日会が読売新聞に載りました。

誕生者にレイを送ってお祝いです

現在の王冠がレイに当たるようです。

開園直前3月2日に行われた

完成パーティーの模様です

現在のさくら・もも組です

当時はまだ幼稚園が少ない時期で、

全国紙のニュースソースになるほどでした

 

「みどり幼稚園生る」

中山地域の緑谷良淳師が本年4月8日の聖日を期してみどり幼稚園を開設された。

同園は浄光院の境内地にあって環境良好、60坪の建物に現在3クラス98名の園児が

緑谷園長をはじめとした6人の教員に指導を受けている。1日同園を訪れると緑谷師は

「現在の社会を見るにつけ幼年時の豊かな宗教心の必要性を痛感しました。子どもの心に

素朴な宗教心を興すべく努力しております。それに加えて父母の恩の大切さ、さらには

社会全体への感謝の念を育成して、倫理観の強い青少年になって貰いたい」と語られた。

 

記事の如く開園動機の一因には世相を憂う気持ちがあったようです。

開園前年には吉田茂首相の「バカヤロー解散」や台風に伴う風水害が頻発し世相が

非常に暗い時期であったようです。さらに昭和29年には「第5福竜丸事件」が発生しました。

当時は戦後の世界的な主導権を巡り列強による原水爆保有合戦が繰り広げられており

被爆の記憶に苦しむ日本では「原水爆禁止運動」が高まりを見せました。

こうした世相が園主をしてみどり幼稚園創園の決意をさせたのでしょうか。

 

当時の幼稚園の生活を知る写真が何枚かありますので紹介します。

今も昔も子ども達はたくましく成長しています。

 

お誕生日会の様子です。

現在のさくら・もも組がひとつで

ホールの役割をしていたようです

お遊戯会の様子です。

このほかにも凝った出し物が多く

びっくりしました

お遊戯会のフィナーレでしょうか

満足げな子どもの顔が印象的です

運動会の様子です

窓を外して園舎内から

観覧するのは伝統のようですね

運動会の様子です

左は「だるま運びレース」?でしょうか

右は玉入れです

観覧の保護者が盛り上がっています

 

 

中庭から現在のひまわり組方面を見た

写真です。中央左は園長先生です。

とてもお若いです。

第1回入園式の様子です。

バックはもも組です。

現在と写真の撮り方は同じですね。

お昼ご飯のようです

お揃いのスモックがかわいらしいですね

 

園長先生がおそらく25歳くらい?でしょうか?

お隣は現在お写真を撮って下さっている

須長さんです。昔から仲良しだったんですね。